障がい者の捉え方。

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こちらから♪

 

去年私は

 

『障がい者差別をなくすにはどうしたら良いか?』

 

と考えるのを、

個人的なテーマにしていたのです。

ただ、深く考えるのが趣味なんです笑。

 

 

で、しばらくして答えが出ました。

 

それは

 

『誰もが障がい者であると認めること』

 

でした。

 

私、外からは見えないのですが、

小さい頃に事故にあって

右足の指を二本切断しているんです。

 

その事故の影響で、

広範囲の皮膚移植をしたので

 

背中の大部分とお腹には

傷跡がたくさんあります。

 

そして私は、

おそらく多くの人ができる

『爪先立ち』ができません。

 

でも、

服を着ていたら

私の怪我のことはわからないのです。

 

じゃあもし

切断したのが腕だったら?

 

私は障がい者と呼ばれたでしょう。

 

 

はて。

 

見えるところにある障がいと

見えないところにある障がいに

違いがあるのだろうか?

 

と思ったわけです。

 

・・・ないな。

 

 

要するに、

私も障がい者なわけです。

 

 

じゃあ、

身体的なところだけが

障がいかといえば、

 

そうではなく。

 

 

パニック障害やうつ病や

知的障がい、PTSDなど

ぱっと見、抱えている問題が

外からはわからない人もいます。

 

おそらく上記の方は

その他の多くの人ができるであろう、

『途中下車せずに目的地まで電車に乗る』ことや

『二桁の四則計算』

『特定のある場所に行くこと』

が出来ないかもしれません。

 

要するに、人と違うことで

障がい者と呼ばれるわけです。

 

 

じゃあ、

見た目や知能などが普通でも

性格がクソ悪い人は??

 

私はその人も、

例えば

他の多くの人ができる

『人に優しくする』

ということが出来ないのであれば、

障がい者だと思います。

 

 

だって、多くの人は

人の嫌がることはしないけど、

性格がクソ悪い人は、

人の嫌がることするじゃないですか。

 

 

ここまでくると、

障がいってなんだろう??

と思えてきます。

 

要するに、

 

『他の多くの人と、その人を比べなけなければ、

みんな障がい者であり、みんな正常なんだ。』

 

と思ったわけです。

みんな違って、みんな良いのですよ。

 

 

それを

『自分は違う』とか

『人と比べて』とかしていると

よくわからなくなるのですね。

 

 

昨日朝イチで、

こんないい言葉を聞きました。

 

『今履いている靴が合わなくなったら、

 当然のように、靴を買い換える。

 

 誰も、靴に合わなくなった足を

 責める人はいない。』

 

 

わーーー!その通りだーーー!

と思いました。

 

私たちの存在は

いつだって尊重される。

 

大切なのは、

靴を買い換えればいいんだ、と思える心と

それを認める環境なのだ。

と思ったのです。

 

みんなが違いを認められる

高い意識を持っていたら

この世の中から差別なんてなくなりますね^^

 

 

意識=振動数は

実は簡単にあげられるんですよね。

 

 

そんなわけで、私は

振動数を広めていきたいなと思ってるんです^^

 

 

9月22日(金)振動数体験会

ぜひお越しくださいね♪

 

 

次は発達障がいについて

書いてみようと思います✨